Los miradores
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私の日本語能力は自慢じゃないが、とてつもなく低い。幼い頃から、両親や兄弟に執拗に馬鹿にされ同時に心底心配されてきた。だからといって、コミュニケーション能力に欠けるとか、理系の頭を持っているとか、他言語に特別長けているとか、両親の知性が欠けているとかっていうわけではない。この「両親の知性」ってのがどれだけ自分の言語能力に関係するかは別としても、私の父と母の読書量は半端ないし、放たれる日本語のレベルもおそらくはその読書量に見合ったものだろう。振り返ってみれば、私は親の話を素直に聞く子ではなかった気がする。
ともあれ、最近になって気づいたことは、私の性格がこの日本語能力の低さに多大な影響を与えているのではないかってこと。つまり、この大雑把な性格のために、いつしか「言いたいことが伝わればそれでいい」的な諦めにも似たような楽天的結論に至り、幼少期から今の今まで日本語に磨きをかけることを怠ってきた気がしてならないのである。
一説によれば、私の顔が創り出すバラエティー溢れる表情(顔芸とも言う)が、日本語能力の低さの穴埋めをしているとかしていないとか。まぁともかく、日本語でブログを書く気にならないのは、ちょっとした劣等感からである。
さてさて、27日だったかな、その夜、ホームステイ先の家族とラパス市内にある展望台で夜景を見た。ラパスはすり鉢状の形を成している。すり鉢の底に富んでいる者が住み、そのすり鉢にすら入れない空気の薄い、緑がほとんど存在しない、厳しい生活を強いられる地域に貧しいものが住まう。市内に住んでいれば、貧富の差を嫌でも感じる。それでも夜になれば、すり鉢は闇に葬られ、明かりさえあれば、貧しい地域も高級住宅地も高層ビルも一つの美しい夜景と化す。夜が生み出す闇は好きだ。薄汚れたものを覆い隠し、光輝くものだけを見せてくれる。
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1 Comments:
う~ん、この夜景はすばらしい。
本当にナッチが写したの?
そして、富める者も貧しい者をも闇が
包んで、美しさだけが残るっていうコメントも気に入った。
この調子で頑張れ、ナッチ。
ORANGE
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