Sunday, February 25, 2007

Un equipo de avejas

Today I was hit by a cluster of bees for no reason. I was in the hall at home and ran away to my bedroom immediately. Some wanted to enter my bedroom, but they respectfully didn’t. They didn’t seem to have an intention to hurt me. It ended that they didn’t do anything to me. Seriously, at least I haven’t done anything bad to them as long as I know!

When I escaped from them to the room, I started reading a book at a desk trying to calm myself down. Unexpectedly, I heard sounds of a flying bee by my side. I saw one right there outside of the window. Then I realized this guy was looking me straight in the eye, winging horizontally and exactly on the same level of the eyes. It was the moment that I had to jump into the conclusion that they actually came to tell me something.

After 2 hours later, a little guy was left by others in my bathroom. I said to him “my little friend, don’t worry. I got your message.” handing him a cup. He calmly mounted on the cup. I let him fly to the sky from a window. That was a truly weird experience.

Hope the cluster wasn’t sent by somebody I know and care about to convey me some mournful and emergent news. Hope it was a delightful delivery from my beloved, friends, and family or just a random and opportunistic attack of weird bees. Write me and let me know how you do, my friends.

As for the photos, I got hit by a distinct kind of bees in a tiny village near my site, when I supervised a nutrition class organized together with a health centre this weekday for 3 days.

Tuesday, February 20, 2007

La carnaval de Oruro 2007 pase con una familia de una de mis colegas













オルロ(標高4000M位)のカーニバル行ってきました。言うまでもなく豪華なひと時を過ごしたわけですが、観客として参加するよりも実際に踊った方が数十倍も楽しかったなあと、やっぱりちょっと後悔もしたのでした。毎年、隊員が何人も参加していて、今年はラパスやコチャバンバ隊員を目撃。かわいらしいコスチュームに身を包んでミニスカからお尻を丸見せしながら踊っている皆!ああ、うらやましい。一日4時間ぶっつづけで踊り行進し続け、ゴール地点は教会。踊り子はVirgen(マリア様)のために踊るんだそう。踊っている最中には、観客から温かい声援やビールのご馳走などを受け、モチベを維持し続けるんだとか。

カーニバル、一度は是非行く価値が大ありですが、私はもう二度と結構でございます。カーニバルの影の面、観客にとっては現場は命も危ぶまれるほどの戦場なのであります。水風船や水鉄砲を使って、全身がずぶぬれになるまで容赦なく水を掛けてくる。泡スプレーを発射してくる。子供も大人もおじいちゃんもおばあちゃんも皆楽しそうに笑いながら攻撃してくる。外人ってだけで、面白い標的になる。私は、本気でグーで反撃をしかけるタイプなので更に多くの敵を増殖し仕舞いには一人囲まれる。背中から水風船を幾つも入れられ、目に泡スプレーの直撃を受け、3階の窓から数名の悪がきにマシンガンでずぶ濡れにされ、惨めもいいところ。

Ándate a la mierda!(ふざけんな!/地獄に落ちろ!)なんて、お下品なお言葉どこで覚えたんでしょう。顔に掛けられた異臭を発する化学製品の泡を拭いながら罵倒する私。しかし、あたりを見ても、仕掛けてきた悪の一団らしき人物が独りもいない。物静かそうなチョリータ(民族衣装を着たインディヘナの女性)さんや小さな可愛らしい子供達が困惑して私を見返してくるだけ。ちくしょう。。。やつら、プロだぜ。いや待てよ、このチョリータ、この広がったフリフリスカートの下にマシンガンを隠してるとかじゃないよな、一発かましておいて方がいいだろうか、なんて血迷いながらも、一緒にカーニバルを見に来た同僚の小さな従兄弟2人とカーニバルを背にしてとぼとぼ寒さで身震いしながら歩き出す。

「もういい、もういい、大人しく帰る。」と口ずさみながら自分を落ち着けようとしていたら、マンションの上のほうから投げられた水風船が私の頭部に直撃。水風船が割れると同時に私も爆発。9歳と11歳の子供たちを前にして、涙が頬をつたって流れる。無駄に帽子を深く被るも背の低い子供達には難無く目撃される。「ナチュ姉さん、あっちの角から行けば攻撃受けないから、もうちょっと踏ん張ってみようよ。」「いい、もう帰る。」と跳ね返すも、自分の大人気なさに恥ずかしくなって、「そうだね。せっかくだものね。行ってみようね。」とすぐ言い直した。目的地にたどり着く間、9歳のマルコは、マシンガンを持っている輩を見つけると「おまえ、打つなよ。彼女は寒くて震えているだから。」と私をかばう。なんて男らしい。酔っ払いが「チーナ~(中国人女性)」と声色変えてよってくるを見るとマルコは私の手を引っ張って「走って逃げるよ!」なんて言って私を守り通す。

オルロでのこの経験、私のボリビア生活の生き写しみたいなものでした。ボリビアにて、理不尽で理解の越えるあらゆる困難を私が乗り越えられてきたのは、やっぱりボリビア人の愛と、その勇気と、その思いやりのある救済からなのでした。またこの国に感謝することが増えちゃいました。


Friday, February 16, 2007

La enseñanza de mi ex acerca de que quieres lograr en vida finalmente

I have been reading a book he gave me. He said it was one of his favorite books. I thought I might be capable to feel closer to him as I was before, if I finish reading it. I still have a half to go, yet realized that his love for me was profound, universal, and real, and his entity was something always inspired me to do positive things for us and others that I would’ve never been able to attain without his being by my side. It was a precious thing in life I had taken for granted for a long time. It was him that I had longed for.

How many more will I have to lose in my life to realize it was the one I really cared about? Is life supposed to be that pathetic?

Thursday, February 15, 2007

Construcciòn de letrinas con los de cuerpo de paz que viven cerca de mi lugar
























さて、オキナワ日系移住地にて働くアメリカ平和部隊(American Peace Corps, 略APC)の友人Rudyに誘われて、簡易トイレ(Letrinas)建設プロジェクトの手伝いに行ってきた。当初は衛生教育タスクフォースに入ってくれないかと言われていたのに、当日ついたら、若くて体系の良いアメリカ人男性APC4人と混ざって肉体労働をさせられる始末。金槌や鋸を振り回して木材と戦う数時間。エアロビ毎晩やって鍛えてるはずなのに、指や手のひらがプルプルになる。

今年、サンタクルス県で17年ぶりの大洪水の被害によって多くの村々が被害を受けている。特に、川の付近に住む人々は家ごと流される危険性があることから、県、UNICEF、NGOなどから協力を得てテント生活を強いられている。私達が今回簡易トイレを提供したいのも、洪水被害を受けたテント住まいの107家族のためだ。着いたら唖然。電気、トイレ、水、床もない。泥の上に建てた6畳くらいの広さのテントを2,3家族でシェアしている状態。飲み水は、日に一度、県が送ってくるタンク車からバケツ3倍ほどをもらうのみ。子供達はシャワーもしていないので、頭にシラミを抱えている。見た目からも匂いからも誠に衛生的に酷い状態。テント生活は乾季になって地盤が固まるまで、あと最低6ヶ月続く。

さて、衛生教育に関しては、かしこまった形ではなくて、村びとに一度全体で集まってもらって教育する他に、一つの簡易トイレをシェアする2,3家族をまとめての実施も再度行った。公衆衛生や簡易トイレの使用法・管理法について知ってもらうためだ。ちなみに、トイレを建設するのは私達ではなくて、使用する当の住民が中心になって作る。自分達のものだという意識を持ち責任もって管理してもらうのが目的。建設のためのマテリアルを支給し、モデルトイレを私達が用意して、住民が作っているその過程を毎回確認しながら、助言、指示を行なっていくのが、私達の大きな仕事。私も2日目になると、2つの簡易トイレ建設の監督を任されて、工程の合間合間にアドバイスや教育のためのクイズを行なった。

パーティー以外で、APCの子達とこうやって会うのは初めて。気付くと、自分達の専門や得意分野を活かしての活動になった。私は、モデル簡易トイレ建設時に子供達が周りでじゃじゃ馬していると邪魔で危険ということで、子供達を全員何とか遠くに飛ばして気を散らすというタスクを受け持った。Nachitoはスペ語での子供相手がうまいと誉めたてるAPC一人のご推薦からだ。Karate講座、デジカメでの写真取り、合唱、ダルマさんが転んだ、釣り、日本のお話なんてやっているうちに、数時間も過ぎて私のミッション・インポッシブル達成。Nachitoは、実はかなり使えるとの評判を得るに至った。

「それにしても、ナツコ本当に子供好きなんだね。」と、とあるAPCに言われる。(そうでもないよ)と喉まで出掛かって、「やつらって、ほんと憎めない天使だよ。」としぶしぶ返す。心の奥底では、(激疲れした。次は、ベビーシッターは懲り懲りだからな。)と懇願していた。しかし、それにしても、私は子供と遊ぶの苦手なのに、なんで子供はオイラにかまってくるんだろう。精神年齢低いから仲間だと思ってくるんだろなぁ。なんてたって、遊びに夢中になって、気付いたら雨の中で子供達と戯れていて、近所の母親に「何やってんだよ風邪引くよ!」と私も混ざって怒られる。シュン。。。周りにも笑われる。そして、更に親近感をもって悪魔の子供達がすりすり寄り添ってくる。最強の悪循環ってやつだ。



















Monday, February 12, 2007

Una reuniòn en la federaciòn de zafreros











写真は、農業従事者の組織にてプロジェクトを同僚と当事者達と行なっているところ。問題発見ツリーの手法を使って問題点や現状を把握し、ここからプロジェクトの最終的な目標を皆で共有した。会議での私の大きな仕事はスペイン語でログを取ること。ログ取りしながら議論に参加するのは一見難しいようだけれど、実は活字を追いながらヴィジュアルで人々の言っていることを確認できるので、語学的ハンデを持つ私にとっては好都合。

La entrega de certificado del curso SOYA que he programado







Last Friday we had a meeting with the people of the community Naranjal organized by nurses and a doctor who work for the health center, Naranjal. A month ago we conducted a 4-day nutrition class for 40 mothers and their children. Today we handed certifications to who participated in the course more than 3 days. Taking the advantage of the event, the nurses prepared a discussion about Malaria and contraception methods. We also formed a committee of Health which is constituted of 6 health volunteers of different villages of the area to collaborate with the health center.

Sunday, February 11, 2007

Algo lindo de vida

He told me something beautiful of life.

I was himself as much as I am myself.
He was myself as much as He is himself.

He cried for me when I shared sorrowful affairs happened to me.
He was happy for me when I brought Him delightful news about me.

I miss sharing with Him things I see, things I hear, things I feel, perspectives about the future of us, and love.

I miss Him.

Friday, February 09, 2007

De todos modos me pongo ocupadita , ahhhh!

南米三大カーニバルといえば、ブラジル、ペルー、そしてボリビア!今年も、カーニバルの時期が近づいて参りました。今回は、FORSA-JICAプロジェクト(JICA医療保健プロジェクト2001~2006)で公衆衛生ファシリテーターとして働いていた同僚であり、秘密をぶっちゃけあえる友人のLeydiと2人でカーニバルを見に、ORURO(標高4000M以上)まで行ってきます。彼女の叔母の家に泊めて頂き、カーニバルの後は温泉を堪能し彼女の祖母を訪ねることを目的に小旅行も企画中。

私にとって最後のカーニバル@ボリビア。なので、カーニバル休暇前後はなるべく仕事に奉仕するよりも、カーニバル旅行の準備や下調べをきちんとして、ORUROにいる間も仕事のことを心配しないで要られることを密かに願っていたのだけれど、そんな夢も儚く気化した。

今週は、3月末までに仕上げなければならない国内移住者/農業従事者に対する基本的な住生活改善プロジェクト、及び、売春婦を対象としたHIVエイズ教育プロジェクト(日本政府、USAIDなどに申請予定)を当事者や同僚らと会議を重ねて作成している段階。会議で使うマテリアルの作成と準備、会議ではブレーストーミングに始まって現状把握とディスカッション、会議後は議事録のリバイズ、提出書類やデータ集め、エトセトラ、エトセトラ。。。。土日も返上しての活動。3月一杯は、これに全て時間と身を捧げることになるんだろう。

カーニバル直前である来週からは、地域のアメリカ平和部隊(以下、APC)の友人に頼まれてコミュニティーに対して衛生教室を開催する。来週、APCの友人らが貧しい村々にて簡易トイレを50建設予定で、それに伴って教育タスクフォースを形成するとのこと。そこで、ファシリテーターとして私を当たってきたということらしい。現在、どのような形でどのようなスケジュールで行なうかコーディネート中。

カーニバル休暇が終わる再来週からは、スクレ市(標高2500Mくらい)にて3日間泊り込みのワークショップに出席。内容は、JICAの安全な水確保プロジェクト実施についての討論会で、当プロジェクトでは専門家と協力隊の協働を一つのメソッドとして考えているらしい。そこで、国内の村落開発普及員と青少年活動を職種とする隊員とプロジェクト関係者が一堂に集い知恵をかき集めることが目的らしい。なぜだか、そこで、私は活動報告をしなければならないらしい。参考になるんでしょーか。

そんなこんなでやっぱり忙しい。そして何よりも、仕事が楽しい(ハート)。

Wednesday, February 07, 2007

Me quedaria en el campo de cooperaciòn internacional y intentaria profesionarme a pesar de no saber si se pueda







一見、気が早いようですが、9ヵ月後の帰国後の進路のことを最近考えております。進学か、就職か。もちろん、ご心配なく。この開発畑から足を洗うなんて気持ちはさらさらないです。どんな形であっても、この分野で次なる道を進んでみせます。そして、何故かこれだけは自信があるのです。

協力隊になって1年。国際協力分野の現場で働く人々とお話ししたり、仕事で協力していただく機会があり、多くのことを学ばせて頂きました。というのも、この世界でも、何屋のノレンを下げるかによって、どんな専門をもっているのかどんな経験を得たいかによって、同じ組織に属していても全く異なる仕事の内容や形態があり、異なる待遇を得、全く異なる経験を積むことになるんだってこと。今後、実験や研究や調査に身を捧げたいのか、政府などに対して助言を与えるコンサルタントになりたいのか、現場でプロジェクトを興していきたいのか、それとももっとアドボカシーを推進する政治家のようになりたいのか、そういう専門家を管理職として後方サポートしたいのか、どうありたいのか。私は何屋になろう。

好き/嫌い、私に合う/合わない、分野での経験がある/ない、情熱が湧く/湧かない、その機会がある/ない、意義がある/ない、需要がある/ない、何屋さんになるかを決めるファクターはいっぱいある。運命に任せようじゃ何も得ず仕舞いになるかな。

現在、のどから手とは言わず肩まで出ちゃうほど行きたいアメリカのGrad Schoolがある。が、しかし、もう少し現場で見たいものがある。現場で経験したいことがある。院で生き残っていく自信が正直ないというのもある。特に、私が専門にしたい分野では、ドが付くほどの素人で隊員時代の2年間の現場の経験だけで、大学院に進学してしまうのが怖い。でも、これも、自分が必ず通らねばならない道なので、マスターという必要条件を早めにとってしまう方が実は近道なのかもしれない。

分からない。たまに、分かりたくない。そろそろ、就職活動や院の情報収集、スペイン語検定に加えて英語検定(TOEFL、GRE)や院進学のレジュメの準備をこっちでの活動の合間合間に抜け目なく進めないといけない。あはっ、英語さっぱり忘れちゃったな。。。留学時代の友人のブログ読むのにすら一々気合が要る。GREのVocabセッションで死ぬこと間違いなし。任地にアメリカ人の友人がいるとはいえ、彼らと話すときは逃げで英語にスペイン語が混ざる。感嘆句は全てカステジャーノ。今の私のしゃべり方なら、ニューメキシコ州の人間とならばっちり気があうじゃないか。Buena Onda….jeje.

写真は、1月に親と一緒に行ったアルゼンチン・イグアスの滝とブエノスアイレスの夜。